Photo:Yoshinori Kurosawa

東北大学加齢医学研究所 教授 
瀧 靖之

東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター副センター長。東北大学加齢医学研究所教授。医師。医学博士。東北大学加齢医学研究所及び東北メディカル・メガバンク機構で脳の MRI 画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。読影や解析をした脳 MRI は、これまでにのべ約 16 万人に上る。「脳の発達と加齢に関する脳画像研究」「睡眠と海馬の関係に関する研究」、「肥満と脳萎縮の関係に関する研究」など多くの論文を発表している。著書は「生涯健康脳」(ソレイユ出版)、「賢い子に育てる究極のコツ」(文響社)、「本当は脳に悪い習慣、やっぱり脳にいい習慣」(PHP研究所)始め多数、特に「生涯健康脳」、「賢い子に育てる究極のコツ」は共に 10 万部を突破するベストセラーとなっている。テレビ東京「主治医が見つかる診療所」、「NHK スペシャルアインシュタイン 消えた “天才脳” を追え」、NHK「あさイチ」、TBS「駆け込みドクター!」などメディア出演多数。

脳はどのように発達するか

私たち東北大学加齢医学研究所では、子供たちの脳の発達について長年研究してきました。子供たちの脳の発達は大人と違って、実はこれまであまり知られていなかったのです。何故かと言いますと、子供たちは健康だとまず医療機関に来ません。ですから基本的なデータがほとんどなかったのです。
ただ、子供たちの脳のデータは非常に貴重で、子供の脳はどのように発達していくのか。そもそも脳のどの領域がどのようにして発達していくのか。そして何時、何をしたら脳の発達を、よりプラスの方向に持っていけるのか。
そういうことを知るためには、健常な子供たちの脳の画像がどうしても必要になってきますが、以前はそういったデータは、世界中にほとんどなかったのです。
そこで私たちは、宮城県の村井嘉浩知事、宮城県や仙台市の教育委員会や校長会に多大なお力添えをいただき、子供たちの脳発達の研究を遂行できることになりました。
当初は、数十人を集めるだけでも大変でしたが、結果的に300人の子供たちのデータを集めることができました。そうしたデータを細かく解析したところ、いろいろなことが見えてきたのです。
何が見えてきたのかと言うと、子供たちの脳というのは、生まれてから全ての領域が一斉に発達するのではなく、ある領域は非常に早いタイミングで発達のピークが来て、別の領域はだいぶ時間が経過してから、例えば思春期くらいになってやっと発達のピークがくる。つまり脳は、場所によって発達のピークが異なるということが明らかになりました。
また剖検と言いまして、不幸にして亡くなられた子供たちの死因や病変などを追究するために、解剖を行うことがあり、世界的にもそのような研究である程度は見えてはいたのですが、子供たちの脳の画像を撮って解析することで、いろいろと具体的に分かってきました。
脳の発達は大きく分けて説明すると、より後の方、つまり後頭葉の辺りから始まり側頭葉、頭頂葉を通って前頭葉に達するという流れになっています。

環境適応性をアップさせる

この大きな流れをもう少し細かく見ていくと、例えば頭の後の後頭葉は物を見るといった極めて原始的な働きを担っています。また前の方の前頭葉の中でも更に前、前頭前野と言いますが、ここは考えたり、判断したり、記憶したり、コミュニケーションしたり、何かを創り出すクリエイティビティーといった、極めて高次な認知機能、人間らしさを担っています。脳というのは原始的なところから発達のピークが来て、だんだんより高次なところに発達のピークが来るということが分かってきたのです。
発達と言いましたが、生まれてから成長する過程で、脳に何が起きているかというと、神経細胞が道をどんどん作ります。
道をたくさん作って、いろいろな神経細胞同士がネットワークを作ります。これを樹状突起の枝張りというのですが、つまり一般道です。脳の中で一般道路をたくさん作る。あちこちにどんどん道を作る。まずこういうことが起こります。体積や質量も一気に増えていきます。
道がたくさんできると、いわゆる環境適応性が上がります。何かを獲得したい時、例えば能力とか言葉とか、そういう時に道がたくさんあるので獲得しやすいのです。ところがデメリットもあります。簡単に言うと維持費が結構かかるのです。
道というのは、私たちの生活における道路もそうですが、傷んだり壊れたりしたら直しますが、そういう維持費、つまりエネルギーがかかります。
なので私たちの脳というのは、あるところまで道をたくさん作ると、次に効率性を上げます。そのために使う道を一般道路から高速道路にしていきます。それを髄鞘化と言います。髄鞘化が起きることで、神経の伝達速度が更に上がります。
では、使わない道はどうするのかというと、無駄なので今度は壊していきます。この現象をシナプスの刈り込みと言うのですが、そうすると何が起きるかというと、あるところまで獲得した能力というのは、更に伸びていくのです。
ところが、このシナプスの刈り込みによって環境適応性が少し下がりますので、獲得していない能力というのは、今度は獲得しづらくなります。そういうことが脳の中で起きているのです。脳の場所によって、あるところは非常に早いタイミングで、あるところは非常に遅れて発達のピークが来ます。

楽器演奏は脳の発達を促す

それをもう少し分かり易く言うと、こういうことが起きているのです。生まれて直ぐというのは、いわゆる感覚に関わる物を見たり、聞いたり、温もりを感じたりといった脳の領域の発達ピークが直ぐに来ます。
なので、この頃に何が大事かというと、よく言われる親子の愛着形成です。笑顔で赤ちゃんを挟むようにしてたくさん抱きしめたり、たくさん話しかけたり、これが子供の五感に関わる脳領域を発達させるので、非常に大事になります。
生後半年から2歳くらいまでに何が起きるかというと、この頃から母国語を、まず聞くという能力、それから話すという能力、こういうことが育まれていきます。この頃は、読み聞かせが非常に大事だとよく言われます。読み聞かせは何が良いかと言うと、一番良いことの一つは、体を寄せ合っているので愛着形成にもなるし、日本語のリズムが分かるのです。
「わたしは」、「どこで」、「何をしました」といった話は、赤ちゃんは当然どれが主語で何が述語だかは分かりませんが、たくさんの日本語を聞くことで、だんだん分かってきます。なのでこういうことが大事になります。
2歳くらいになってくると、今度は自分と外の世界に興味を持ってきます。セルフとアザーと言うのですが、自分と他者、あるいは自分と外の世界、こういうことに興味を持ち出すと、今度は外の世界に対して様々な興味、関心が出てきます。これがよく言う「なぜ、なぜ」という時期です。
この時期は、知的好奇心を如何に伸ばすかということが大事になってきます。この後、3歳から5歳くらいになると、運動野というところにピークが来ます。この頃から少しずつ全身を動かす。走るとか、登るとか、いろいろなことをやって体全体を動かすのはとても大事ですし、後もう一つ有益なのは楽器の演奏です。
体全体を動かすのは粗大運動、すなわち大きな運動です。一方で楽器を弾くというのは巧緻運動、細かい運動、どちらも運動です。大体ですが、3歳から5歳くらいにかけて少しずつ体を動かしたり、楽器演奏を少しやり始めると、非常に獲得が良いと言われます。ですからこの時期から少しずつ体験するのが良いのです。
8歳から 10 歳くらいになると、今度は第2言語の獲得の臨界期が来ると言われています。この頃に英語のリスニングだとかスピーキングを少しやっておくとすごく伸びが良くなります。
小学校高学年から中学生くらいになると、前頭前野の発達のために、判断するとか、共感するとか、とにかくフェイスツーフェイスのコミュニケーションがすごく大事になってきます。
子供の脳はこのように発達していきますが、楽器演奏の良いところは、脳のいろいろな領域を一遍に使うことなのです。故に楽器は子供の脳の発達に非常に有効なのですが、実は子供だけではないのです。大人にも高齢者にも、というよりも、人にとって素晴らしい効用があるのです。
それについては次回から触れていきたいと思います。

前回では、子供の成長過程における脳の発達と獲得する能力等々について述べました。例えば3歳~5歳くらいから楽器演奏を少しずつ始めると、伸びが非常に良いといった効果を紹介しましたが、もう一つ大事なことがあります。それは、じゃあ楽器はその頃から始めないと駄目なのかというと、そんなことは全くないのです。
大事なことは、脳には変化する力、可塑性というのですが、この可塑性があるために、実は何歳から何を始めても伸びるのです。例えば3歳からバイオリンを始める。5歳からピアノを始める。確かにすごく伸びます。でも10歳からピアノを始めても、30歳になってからバイオリン、50歳になってからピアノを始めても確実に伸びるのです。80歳からピアノや英会話を始めても必ず進歩します。
何が違うのかというと、その変化をするという可塑性というものが、脳の発達と共に落ちてくる。3歳から5歳くらいに始めた人は、あるレベルまで直ぐに到達しやすいのですが、10歳くらいから始めたらより努力する。30歳から始めたらもっと努力する。つまりただ努力の時間が増えるだけなのです。
ですから、子供の年齢別に見た獲得能力というのは、あくまでも効率の良い時期の目安であって、言い換えれば楽器演奏は、何歳から始めても全然大丈夫なのです。
ここが大事なところで、効率の良い時期は確かにある。でも脳には可塑性があるので、いつ始めても大丈夫。だから脳は素晴らしいのです。

知的好奇心を如何に伸ばすか

子供たちが自己実現するためには、知的好奇心が重要になります。これを如何に伸ばすか。これはもちろん音楽にも関係があります。
知的好奇心を如何に伸ばすかをテーマに、教育関係者などいろいろな方々とディスカッションするのですが、共通して出てくる話が、子供が本や図鑑などを見て何かに興味を持ったら、保護者はできるだけ早く本物を見せに連れて行く。これは何も本や図鑑に限ったことではなく、例えばテレビでピアノやバイオリンの演奏を見て興味を示したら、本物のコンサートに連れて行く。こういうバーチャルとリアルを繰り返し体験することで、子供たちは世の中の広がりを理解します。これが知的好奇心を伸ばすために大事なのです。
もう一つ大事なことは、子供に限らず人にとって能力の獲得は、基本的に模倣、真似なのです。私たちの脳にはミラーニューロンという、真似することに特化した脳の領域があります。運動もそうです。楽器演奏もそうです。社会的なマナー、言葉の使い方も全部真似、模倣です。知的好奇心を伸ばすには、子供に真似をさせることが一番です。
もっと言えば、子供に何かをさせようと思ったら大人も楽しむ。これこそが大事。子供に楽器をさせようと思ったら、子供にやりなさい、やりなさいではなくて、大人がむしろ自分から率先して楽しむ。そしてその姿を子供に見せる。そうすると子供は何だか面白そうだと、真似することになります。
実際私も家でもしょっちゅうピアノを弾いていますが、子供に強要すると逆効果になってしまうので、無理強いはしていません。私はひたすらリビングで弾いています。するとやりたい、習いたいと、自分から言い始める。こういうことが大事なのですね。
楽器演奏は、脳の発達にも認知症予防にもとても良いと言われています。何故かというと、楽器演奏の良いところは、脳のいろいろな領域を一遍に使うことです。例えば私たちは楽譜を見る時に視覚を使います。書いてある意味を理解する、高次認知機能です。それを頭の中で記憶する。これはワーキングメモリーです。いわゆる作業記憶というのですが、頭の中で理解処理をして、運動野でアウトプットする。しかも音を処理する脳の領域と、言語を処理する脳の領域は言語野でオーバーラップしています。
つまり経験的によく言われることですが、音楽をやっている人は耳が良い。科学的に言うと、音の分解能が良いから音楽の音も聞き取りやすいし、第二言語、英語とかの聞き取りも良くなります。音楽をやっていた人は、英語のリスニングが得意という人は結構多い。汎化作用と言って、他の能力に繫がっていくのです。

楽器演奏の素晴らしさとは

楽器演奏をやっていると、子供たちの脳の発達が促進されるということについては、いろいろな研究結果が出ています。
楽器演奏というのは、まさに空間認知(位置・方向・大きさ・形状・距離など、物体が三次元空間に占めている状態を即座に把握する)ですから、いろいろな脳の領域の発達を促します。世界的に幾つもそういう研究報告が出ています。
特に脳の表面、神経細胞が集まっているところの発達により良いのですが、それだけではなくて、神経細胞同士を結ぶ白質と言われている脳の深い領域があるのですが、そういうところの発達も促進します。
つまり脳全体で、例えば脳の左右を結ぶ脳梁と言われている領域とか、運動野と手足をつなぐ錐体路のネットワークも発達をします。だから脳の発達に、言い換えれば人の成長に非常に良いと言えます。
これだけでも素晴らしいのですが、これだけに止まらないところが楽器演奏の素晴らしさだと思います。実は一つ興味深いことがありまして、東京大学に入られる人、あるいは医学部に入られる人もそうなのですが、皆さん共通しているのは、熱中体験があるということです。これはとても大事なことで、何かにはまる人は、他のことにもはまれるのです。東大生の習い事で一番多いのはピアノと言われますが、実際に音楽をやっている方は非常に多い。医者も多いのです。
結局なぜそういうことが起きるかというと、何かを極めようとすると、まず自分でいろいろやってみる。すると壁に突き当たる。そうしたら本などで調べる。それでも分からなければ人に聞く。そして人に聞いてまたトライアンドエラーをする。その内にもっとレベルの高い方に聞いたり、専門家に聞いたり、専門書を読んだりする。そういうことをするのは、結局勉強そのものなのですね。

happy happyの関係

何かをやり遂げる能力というのは、非認知能力(一般知能〈IQ〉や学力テストとは関係のない、粘り強さ、協調性、やり抜く力、自制心、感謝する力といった類のもの)の一つです。運動、勉強、もちろん楽器演奏にしても努力は必要です。努力というのは、趣味も人間関係も全て同じだと思うのです。
特に楽器演奏が良いのは、それを実行することで自分自身が明確に分かることで、それが意欲を高めることにもなり、どんどん積み重なっていくことです。もちろんそれは趣味全般に言えることですが、楽器は演奏することで自分も幸せになり、聴いている人も幸せになる。happyhappyの関係になるところが素晴らしいのです。
それだけではありません。東北大学加齢医学研究所は子供たちの脳の発達から認知症まで、一貫して研究している世界的に見ても極めてユニークな存在で、生涯にわたっていろいろな方々の脳を研究しています。
実は認知症予防というのは、世界的にいろいろなことが言われていますが、明確にこれは予防効果があると言われているものはそんなに多くありません。
その中でも効果的と言われているのが運動、コミュニケーション、趣味、好奇心なんです。特に趣味や好奇心がすごく大事だということが最近言われています。
子供の頃に楽器をやっていると何が良いかというと、大人になって楽器をやりたいと思った時、少しでも経験があると取り組みやすいのです。でも全く経験がないと初めの一歩が踏み出せない。結構ハードルが高い。0と1の差は無限大なのです。
講演で全国を回ってみても、趣味を持っている方は、女性はともかく中高年の男性はそんなに多くはありません。
子供の頃に例え半年でも、例え1か月でも3日でも、楽器を弾いていると、ドレミファソラシドくらいは分かる。これは大人になって何か楽器を始める時のハードルをかなり下げてくれます。これが大事なのです。

脳の成長促し守ってくれる

子供に楽器の演奏を経験させることは、単に上手に弾けるようにすることが究極の目的ではありません。もちろん一部の子は将来プロになるかも知れません。それはそれで素晴らしいことですが、皆が皆プロを夢見ているわけではありません。
じゃあ、プロにならないのなら、無理して楽器をやる必要はないじゃないか、というご意見もあると思いますが、それは全く違うのです。
楽器が弾けるということは、将来の人生を豊かにしてくれるだけではなく、私たち自身の「脳」の成長を促してくれる、守ってくれることにも繋がります。こうした効用が「素晴らしい!」のひと言に尽きるのです。
受験勉強などで途中止めてしまっても、もったいなかったと悔やむ必要も全くありません。10年、20年、30年もすると、良いことが絶対にあるのです。私のように30代後半になってからピアノを始めても、練習すれば練習しただけ結果が伴うので、演奏が楽しくてしょうがありません。子供たちが楽器に親しむということは、客観的に見てもとても良いことです。極論すればこんな幸せなことはないのです。
繰り返しになりますが、保護者の方々にぜひご理解いただきたいことは、大して上手くならなかったとしても、お金と時間の無駄だったということは決してなく、また音大や芸大を目指したけれども駄目だった、だから無駄ということも決してなく、どの道に進もうが、大人になってからある時ふと何かきれいな旋律を聴いて、また楽器を始めたいと思った時の、この障壁の低さ、本当にありがたいことこの上ありません。極論すれば、楽器を始めた段階でもう大成功と言ってもいいくらいなのです。
楽器をやっていると、脳の萎縮が少ないという研究報告が出ています。何もやっていない人よりも趣味で親しんでいる人は、明らかに脳の体積が大きくて、脳がより若々しく保たれている。私たちの脳を守ってくれているという根拠でもあります。ただし、中断してもどこかの段階でまた続けるということが大事。だからこそ私はお年寄りとか中年の方々に、もちろん若い男女にも楽器演奏は良いですよ、「経験があるなら再開すると良いですよ」と言いたいのです。

これこそ人生にとって大事

楽器演奏に親しむことの効果の一端をご理解いただけたでしょうか。
実は脳の話とはちょっと離れますが、私はもっと良いことがあると思っています。これこそが人生にとって大事だと思うのですが、音楽を経験していると、極自然に人と人のつながりが生まれてきます。これもすごく大事で、演奏の機会を通じていろいろな人脈が広がってくるのです。
私事ですが、東北大学星陵アンサンブルという、医学生や看護師、他の学部の方々といった若手で作られている音楽サークルの顧問を引き受けることになったのですが、コンサートなどを通じて人と人との繋がりがどんどん広がって行きます。
11年前の話ですが、脳科学の学会がメルボルンで開かれた際、ホテルに自由に弾けるピアノがありました。弾いている人がいたので、私もちょっと弾いたのですが、その後その方とひとしきり音楽談義が弾んだのですが、名刺を交換してみたら、何とデニー・ルビアンという脳科学の世界的な権威で、私の分野の神様のような方。図らずも趣味が共通ということで、こういう方とも知り合いになれたのです。
好きな音楽ジャンルが共通ということは間々あることですが、楽器を演奏するとなると話題は俄然広がります。そこに年齢や社会的な地位といった一種の障壁は存在しません。国も超えますし、考え方も心情も何もかも超えてと、無限の広がりが出てくるのです。
私は脳科学を全体で見ている立場ですが、脳が発達するとか、音の分解能が上がるとかいったことは序の口の序の口。やはりその先の人生が如何に深まるか、そのポテンシャルを秘めていることがすごく大事だと思っているので、子供たちが楽器に親しむというのは本当に良いことだと、自分自身の体験からも思っているのです。

トップアスリートも楽器を

これは私の持論で脳科学云々ではないのですが、やはり美しいものを見たいとか、 知りたいという願望は誰にでも絶対にあるはずです。
音楽にはユニバーサルビューティーと言って、国、歴史、時間を超えて、人々の個性を超えて、皆が美しいと感じるものがあると思うのです。世界の共通言語と言われる所以です。
音楽におけるリズムも太古の昔からあります。お祭りなどはその代表的なもので、人間の一つの本能というか、根源なんですね。皆が楽器を奏でる、リズムを作る。最近、e-Sportsとかが話題になっていますが、そういうものとは全然違う、人が脈々と持ってきた、遺伝子みたいなものではないかと私は考えています。
これも余談ですが、以前にオリンピックに出るような選手を輩出している体育会系大学と共同研究を行った時に、アスリートの中でもトップアスリートと言われる人は、子供の時に何をやっていたのか。そのコーチの方に伺ったところ、しばらく考えた後、「ピアノをやっていた人が多いな」と。スポーツもリズムが重要であることは言うまでもありません。運動もリズムが基本なんですね。
私は脳の発達に良いから楽器が良いとか、認知症の予防や改善に良いとか、そういう側面よりも、人生全体にわたって良いところが楽器の良さだと思います。認知症の予防に良いものはたくさんありますが、楽器は多分それを凌駕していると思われます。

楽器演奏は「万病予防」に

医学の世界では様々な研究が行われていますが、近年、人の内面、とりわけストレスの影響に関する研究が進んでおり、いろいろなことが分かってきました。
基本的に脳の神経細胞は生まれてから以後、新しくできることはないのですが、側頭葉の内側にある海馬と呼ばれる記憶に関わる大事な領域だけは、生まれてからも神経細胞が新たにできる唯一の場所と言われています。
ストレスの何が良くないのかというと、ストレスが海馬の神経新生を抑える方向に働くからです。簡単に言うと海馬が萎縮するのです。その結果、海馬の機能不全が起こり、認知症リスクを上げると言われています。
では逆に、幸せだと感じているとどうなるのか。科学的に言うと主観的幸福度、つまり私がピアノを弾いていて幸せだなと感じるような、ささやかであってもこの主観的幸福度というのは、実はストレスレベルを下げるのです。結果的に自律神経の中の副交感神経系の活動が上がる。つまりリラックスするのです。
そうすると高血圧や糖尿病、高脂血症という生活習慣病のリスクが下がり、結果的にそういう病気にかかるリスクが減るので平均余命が伸びる。つまり寿命が伸びることになるのです。なので日々ささやかながら幸せだなと感じる活動をすることは、私たちにとってサプリメントを飲むよりも遥かに重要なのです。
楽器演奏は、楽譜を見てもよく分からないと悩んでみたり、上手く弾けなくてイライラしたりと、もちろんストレスもありますが、でも何とか弾けた後は爽快だし、それなりに満足感も得られます。ある曲が弾けるようになると、次の曲に挑戦してみようと意欲も高まります。楽器に限らず趣味というのは、確実に主観的幸福度を上げるのですが、私は楽器演奏はその最たるものではないかと考えています。
現代は、ストレスフリーが難しい社会。だからこそ主観的幸福、つまり楽しいことを自ら見つけることが重要なのです。楽器演奏は「万病の予防」と言っても過言ではありません。だからこそ私は一人でも多くの子供たちに、ちょっとでも構わないから音楽に、特に楽器演奏に慣れ親しんで欲しいと思っているのです。
大人の方はかなり経験者がいると思います。その気にさえなれば、一人で楽しむにしても、仲間と一緒に楽しむにしても、昔に比べてハード、ソフトいずれも豊富に揃っているなど、音楽を楽しむ環境はかなり整っています。
ほとんど経験がない人でも、例えばピアノは最初は指一本で始めても構わないのです。そこからでも必ず上達します。私はよく耳コピで弾くんです。楽譜がない時は勝手に音を探りながら弾くのですが、それだけでも探り当てた時は、なぜか幸せな気分になります。人生を豊かにします。楽器は人にとって、ものすごく重要なツールだと思います。

※この講座はミュージックトレード誌2019年4月号~6月号に掲載されたものを転用しております。