インタビュー「楽器と人」

vol.01

鍬で大地を耕し、音楽で心を耕す
将来「農民芸術学校」作りたい!

北海道農民管弦楽団 | 牧野 時夫 代表

Profile
1962年大阪府生まれ。4歳からバイオリン、ピアノを習う。北海道大学農学部卒業。同大学院修士課程修了(果樹蔬菜園芸学)。北海道大学交響楽団、北海道交響楽団ほかでコンサートマスターを務める。学校や施設でのコンサートなど演奏活動も行っている。北海道有機農業研究会、日本グルントヴィ協会、宮沢賢治学会各会員ほか。4人家族、2人のお子さんは既に独立している。

定期公演は農閑期のみ

 NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」で一躍注目を集めることになった余市町。昔から果樹栽培が盛んで、ワイン専用種のぶどうは全国一、りんご、梨の生産量も道内一を誇り、さくらんぼやプルーン等の栽培も多い。

 ここ余市町で有機栽培を行う農園「えこふぁーむ」を経営する傍ら、世界的にも珍しい農民オーケストラ「北海道農民管弦楽団」の代表を務めるのが、今回ご登場いただく牧野時夫さんである。そのそもそもの始まりは……。

 子供の頃からバイオリンやピアノに親しんできた牧野さんは、生物や環境に関心を持って北海道大学(理Ⅲ系)に入学するが、その後に農業の大切さに目覚めて農学部へ進学。有機栽培の魅力、重要性に目覚めた。また北大交響楽団に在籍した。そんなことから有機農業に携わりながら、オーケストラ活動も続けようと将来の方向を定めた。宮沢賢治の「農民芸術概論」に共感してからは、思いは更に強くなった。

 大学院修了後、勉強と資金作りために本州のワインメーカーに就職。ぶどう栽培研究や品種改良などに携わっていたが、6年後にチャンス到来、離農した余市町のぶどう畑を買い取り、念願の農業に携わることとなった。とは言え、経験不足であることは否めない。実際に有機農業となると手間暇がかかり、試行錯誤や研鑽の日々も続いた。

 そんな折に、有機農業の学習会で知り合い、オーケストラ活動についても意気投合した仲間と結成したのが、北海道農民管弦楽団であった。農民および農業関係者らからメンバーを募り、1995年1月には、札幌で旗揚げ公演を開催。名実共に農民オーケストラとしての第一歩を踏み出した。

 〝鍬で大地を耕し、音楽で心を耕す〟をモットーに、定期公演は年1回。1月下旬から2月上旬に開催される。

 というのも早ければ2月中旬からハウス栽培の準備が始まる農家もあり、以後春の訪れと共に忙しさは増すばかり。収穫も一段落つき合奏練習を始められるのは10月末か11月に入ってからで、農繁期は練習時間を作る事も覚束ない。ましてや演奏会はなおさらだ。

 定期公演に向けて始動するのは農閑期に入って。本番までの約2か月半に十数回集まって練習するが、積雪や吹雪等に阻まれて、全員揃うことはまずない。揃うのは本番の前日で、当日の昼まで猛練習が続く。こうしたパターンはもう20年以上続いているという。

既に北海道を代表するオーケストラの一つとなっており、第6回ホクレン夢大賞、第15回北海道地域文化奨励特別賞、第22回農民文化賞、第1回に続き第4回ウイーン・フィル&サントリー音楽復興祈念賞等を受賞。
写真は2014年に開催の創立20周年記念定期演奏会

 団員は60名余り。農家が十数名、他に農業試験場や農協などの職員、農機具会社の社員、農学部の学生等で構成され、齢は十代後半から七十代後半と幅広い。それでもフル編成の演奏となるとメンバー不足となるため、時に応じてアマオケらの協力を得ている。

 「曲目は、メンバー皆の意見を聞いて候補を挙げ、最終的には私が決めています。最初の頃はパート譜を含め、楽譜は全て私が準備していましたが、今は分担しています。また指揮者は必要に迫られて私が担当することに。経験はなかったのですが、長年いろいろな指揮者の下で演奏してきましたし、指揮法の本も読んで勉強しました」

 定期公演はこれまでに22回。道内主体だが、デンマークのシルケボー市や岩手県花巻市でも開催。デンマークでは地元のアマオケと合同演奏しファームステイ、有機農業学校でも音楽教室を行い地元農家との交流会も開いた。

 「言葉ほど具体的ではないにせよ、音楽はそれ以上に伝える力を持っている。この時つくづくそう思いました」

 花巻公演ではそれが切っ掛けとなって、「東北農民管弦楽団」が誕生した。志を一にする仲間の登場は、一層の励みになったことはもちろんである。

未来につなぐ拠点作り

えこふぁーむでは現在、果物だけでも100種類以上、果物以外の作物(野菜、豆ほか)も毎年60〜70種類くらい育てている。もちろんいずれも有機農法だ。身体に優しいことはむろんなのだが、流通の効率化による色・形・サイズといった規格からすれば規格外。流通に乗ることはほとんどない。というよりも有機農法はもともと量産に向いていないのだ。政府も有機農法を推進しているとは言え、現実には1%にも満たないのが実情である。ということから経営的にも有機農業は直売をせざるを得ない。注文に応じて全国の消費者に届けている。

 そうした難しい現実もあるが、牧野さんの姿勢はぶれない。有機農業が農業の本来の姿と、固く信じているからだ。むしろ夢はいよいよ広がっている。

仲間と建てたドームハウス型の農業用倉庫は、イベント等にも活用できる広い空間を確保。静かな環境は芸術活動に相応しい

 「自分が農業をやりながら音楽をしたいというだけでなく、そういった地域作りをしていきたい。その意味では自分の代で終わっては続かないので、農民オケを含めて、若い人に引き継いでもらう拠点として、ここに農民芸術学校を作りたいと思っているんですよ。新規就農の先輩として、有機農業のノウハウを教えたり、農業をやりながらオーケストラだけでなく、文化的な活動をしたい人が学べる場を作りたい。

 この学校は10年以上前から構想し、5年ほど前に仲間と具体化しようとしましたが、資金面や法的な壁、個人的な忙しさもあって、ちょっと立ち往生している状況です。それでも農民芸術学校一日コースなどを不定期に開催しており、時間はかかっても実現に向けて、少しずつですが準備しています」

 この学校は10年以上前から構想し、5年ほど前に仲間と具体化しようとしましたが、資金面や法的な壁、個人的な忙しさもあって、ちょっと立ち往生している状況です。それでも農民芸術学校一日コースなどを不定期に開催しており、時間はかかっても実現に向けて、少しずつですが準備しています」

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